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テーマ: 歴史・文化・伝統

東京タワー還暦

昨日12月23日で東京タワーは60周年を迎えたそうだ。テレビ塔としての役割は終えたものの、災害時の予備電波塔としての役割や東京のシンボル、文化発信拠点として今後も役割を果たしていくということ。 翻って、私たちの住む地方に東京タワーのようなシンボル的な存在があるだろうか。恐らく大なり小なりそれぞれあるに違いない。古い図書館かもしれないし、庁舎かもしれない。海や湖、河川などの自然かもしれない。また、陶器や和紙などの人工物かもしれない。これを見たら「~市だ。」、「~県だ。」というものがあるに違いない。また、目には見えない「もの」、「こと」でも、自治体名を連想させることがあるだろう。安来市というくくり言えば、安来節、ハガネ、足立美術館などがそうした例になるだろうか。長い時間の経過とともに住民やその他の人たちに大切にされてきたものであるはずだ。 そうした地域にある東京タワーのようなシンボル的な存在や「もの」や「こと」を大事に守っていく、磨いていく、時に必要であれば変えていく努力が大切であるように思われてならない。 「あたりまえ」の存在を「ありがたい」存在に育んでいく努力が地域の誇りや郷土愛の醸成につながっていくように思う。 今日も前進!

天皇誕生日

今日は天皇誕生日。 今日天皇陛下は85歳をむかえられ、天皇陛下として迎えられる最後の誕生日。 特に今年は格別。長年の経験に基づいた深く、重く、幅広いお言葉を私なりに受け止め、心に刻んでいかねばと思った。以下は天皇誕生日を迎えられるにあたっての記者会見全文。 「この1年を振り返る時、例年にも増して多かった災害のことは忘れられません。集中豪雨、地震、そして台風などによって多くの人の命が落とされ、また、それまでの生活の基盤を失いました。新聞やテレビを通して災害の様子を知り、また、後日、いくつかの被災地を訪れて災害の状況を実際に見ましたが、自然の力は想像を絶するものでした。命を失った人々に追悼の意を表するとともに、被害を受けた人々が一日も早く元の生活を取り戻せるよう願っています。 ちなみに私が初めて被災地を訪問したのは昭和34年、昭和天皇の名代として伊勢湾台風の被害を受けた地域を訪れた時のことでした。 今年も暮れようとしており、来年春の私の譲位の日も近付いてきています。 私は即位以来、日本国憲法のもとで象徴と位置付けられた天皇の望ましい在り方を求めながらその務めを行い、今日までを過ごしてきました。譲位の日を迎えるまで、引き続きその在り方を求めながら日々の務めを行っていきたいと思います。 第2次世界大戦後の国際社会は東西の冷戦構造のもとにありましたが、平成元年の秋にベルリンの壁が崩れ、冷戦は終焉を … 続きはこちらをクリック

ノブレス・オブリージュ

ノブレス・オブリージュ(フランス語:noblesse oblige)という言葉がある。日本では馴染みのない言葉であるが、欧米、特に貴族社会を育んできたヨーロッパではよく知られている言葉だそうだ。 高貴は強制するというような直訳になるそうだが、特権階級には義務が伴うという意味となるということ。 法律的な義務ではないが、今ではリーダーや社会的に責任のある人たちにはそれなりの社会に貢献することが求められるという意味合いで解釈されているということ。 一方で武士道を育んできた日本では、現在では国民一人一人に至るまで恥ずかしいことをしてはいけないとか、公の場ではそれぞれが社会の秩序を守り社会に貢献するという気風が醸成されてきたのではないか。一例として、震災後日本人が整然と水の支給の列に並ぶことが海外の人たちに尊敬の眼差しで称賛されたことは記憶に新しい。日本国民一人一人に至るまでノブレス・オブリージュ的な精神が身についていることが日本人の素晴らしい点の一つだと私は考えてきた。 しかしながら、昨今の日本における社会状況を俯瞰するにそれとは反対の事件や事例も珍しくはない。一々指摘はしないが、自戒もこめてノブレス・オブリージュという言葉をかみしめたい。 今日も前進!

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